
植物が作るカンナビノイドと、人体が作るカンナビノイドは、同じ受容体に結合します。前の記録「内因性カンナビノイド系とは」で説明した通りです。
ここで一つ、素朴な疑問が残ります。植物と動物は、進化の道筋がまったく別です。共通の祖先は10億年以上前の単細胞生物にまで遡ります。それなのになぜ、植物の分子が動物の鍵穴にこれほど正確に合うのか。
この記録は、その問いに対して研究者が出してきた仮説と、基礎研究で分かっている事実を整理したものです。先に言っておくと、答えは確定していません。ただ、問いの立て方と、分かっている範囲を知ることには意味があります。
植物が作るカンナビノイドを、体内で作られるものと区別して「フィトカンナビノイド」と呼びます(phyto は「植物の」)。大麻植物はTHCとCBDをはじめ、これまでに100種類以上のカンナビノイドを生成することが確認されています。
これらは植物の花の表面にある「トライコーム」という微小な腺毛の中で作られ、樹脂として蓄えられます。植物にとっての本来の役目は、紫外線からの保護、乾燥の防止、昆虫や草食動物からの防御と考えられています。人の受容体に合うように作ったわけではなく、植物自身の生存のために作っている分子です。
興味深いのは、植物のカンナビノイドと人体のカンナビノイドは、化学構造がかなり違うという点です。THCは環状の構造を持ち、アナンダミドは長い脂肪酸の鎖です。見た目の違う鍵が、同じ鍵穴に合う。これは偶然の一致というより、鍵穴の側が「ある程度の幅を持って受け入れる」形をしているためだと考えられています。
内因性カンナビノイド系は、脊椎動物に広く共通して存在します。魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類。さらに一部の無脊椎動物にも原型が見つかっていて、この系の起源は約6億年前まで遡ると推定されています。
一方、大麻植物がカンナビノイドを作り始めた時期は、花粉分析からおよそ2800万年前と推定されています。つまり動物の鍵穴の方が、植物の鍵より圧倒的に古い。植物が動物の鍵穴に「合わせて」進化したのではなく、動物の鍵穴が先にあり、はるか後に植物が別の理由で作った分子が、たまたまその鍵穴に嵌まった、という順序になります。
この「たまたま」を、どこまで偶然と見るか。ここから先は仮説の領域です。
植物の中では、カンナビノイドは単独で存在していません。同じトライコームの中に、テルペン(香りの成分)やフラボノイド(色素の一種)が一緒に蓄えられています。
1998年、メシュラムらのチームは、体内のカンナビノイドが単独ではなく、周囲の関連分子と一緒に働くことで作用が変わるという現象を報告し、これを「アントラージュ効果」と名づけました(entourage はフランス語で「取り巻き」)。この概念はのちに、植物のカンナビノイドとテルペンの関係にも拡張されて論じられるようになります。
2011年のイーサン・ルッソの総説は、テルペンがカンナビノイドの働きを修飾する可能性を、当時の文献をもとに整理しました。ただしこの領域は、実験室レベルの知見と、実際の複合的な作用の証明との間に、まだ距離があります。「単一成分より植物全体の方が複合的に働く」という考え方は、支持する研究者が多い一方で、決定的な証拠が揃っているわけではない、というのが正確な現状です。
当店のリキッドがテルペンを3種から選べる設計にしているのは、この考え方に基づいています。効能を約束するためではなく、香りが成分の「顔」を変えるという考え方を、選べる形にしたということです。
1979年、民族植物学者のカール・ラックらは、儀礼や宗教的文脈で用いられてきた植物を指す語として「エンテオジェン(entheogen)」を提案しました。ギリシャ語で「内なる神を生じさせるもの」という意味です。
それまで使われていた「幻覚剤」「サイケデリック」といった語が、医学的な、あるいは1960年代の文化的な含みを帯びていたのに対し、エンテオジェンは、植物を「物質」ではなく「人と世界の関係を変える触媒」として捉え直そうとする語でした。前の記録で見た神農本草経の「神明に通ず」やスキタイの葬礼は、この語が指す実践の古い例だと言えます。
これは科学的な分類ではなく、人文学の側からの概念です。学術的な議論の対象ではあっても、確定した結論ではありません。
植物学者のジョン・マクパートランドは、「自然はその産物を無駄にしない。植物がカンナビノイドを作り、人体がその受容体を持つ。この関係に無目的はないと私は考える」と述べています。
これは一人の研究者の見解であり、証明された事実ではありません。反対に、「受容体の形が偶然広かっただけで、そこに意味を読み込むのは人間の癖だ」という立場も当然あります。どちらが正しいかを、この記録は判定しません。ただ、6億年前の鍵穴と2800万年前の鍵が、今この瞬間に嵌まっているという事実だけは、どちらの立場にとっても変わりません。
成分分析書には、カンナビノイドの一覧とは別に、テルペンの一覧が載っていることがあります。この記録で見た「取り巻き」の部分です。当店の商品ページに書いているTrainwreck・Gushers・Kremlinの香りの説明は、この一覧に対応しています。分析書の読み方は「成分分析書の読み方」の記録へ、テルペンそれぞれの由来は「テルペン3種の由来」の記録へ。
RELATED ITEMS ── この記録に関わる品
次の記録成分分析書の読み方 →



