
カンナビノイドという言葉を、多くの人は植物の成分として知ります。CBD、THC、この店で扱っているCBXやH4CBH。どれも植物に由来するか、植物の分子を元に作られたものです。
ところが1992年、人間の脳の中に、植物と同じ受容体に結合する分子が見つかりました。名前はアナンダミド。サンスクリット語で「至福」を意味する ananda から取られています。植物に出会う前から、人体はこの分子を自分で作り、受け取る仕組みを持っていた。この仕組み全体を「内因性カンナビノイド系(エンドカンナビノイド・システム)」と呼びます。
この記録では、その仕組みを、初めて読む人でも順に追えるように整理します。専門用語は出てくるたびに一度だけ噛み砕きます。
細胞の表面には、特定の分子だけを受け取る「鍵穴」がいくつも並んでいます。これが受容体です。鍵穴に合う鍵(分子)が差し込まれると、細胞の内側でスイッチが入り、何らかの反応が始まります。合わない鍵は、ただ通り過ぎるだけです。
カンナビノイド受容体は「Gタンパク質共役受容体」という、人体で最も数の多い受容体の一族に属します。嗅覚、視覚、多くのホルモンの受け取りもこの一族が担っていて、現在市場にある医薬品のおよそ3分の1がこの一族のどれかを標的にしています。つまりカンナビノイド受容体は、人体の設計の中で特別な例外ではなく、ごく標準的な部品のひとつとして組み込まれているということです。
順番が重要です。人類は先に植物の分子を突き止め、その後に「なぜ人体はこれを受け取れるのか」と問い、最後に自分の体の中の分子にたどり着きました。
1964年、イスラエルの化学者ラファエル・メシュラムがTHCの化学構造を決定します。この時点では、THCが体のどこにどう作用するかは分かっていませんでした。細胞膜に溶け込んで漠然と効いているのだろう、という説が主流でした。
1988年、アメリカの研究チームが、ラットの脳にTHCが特異的に結合する場所があることを示します。「特異的に結合する」とは、決まった鍵穴があるということです。この瞬間、問いが生まれました。外来の植物のための鍵穴を、なぜ動物の脳が持っているのか。
1990年、その鍵穴の正体が遺伝子レベルで同定されます。CB1受容体です。1992年、メシュラムのチームが豚の脳から、この鍵穴に合う体内の分子を単離します。アナンダミドです。1993年には免疫系に多い第二の受容体CB2が、1995年にはもうひとつの主要な体内分子2-AGが見つかります。
THCの構造決定から自前の分子の発見まで、28年。この間、体は何も変わっていません。変わったのは、人間の側の問いの立て方でした。
CB1受容体は脳全体に分布しますが、特に多いのは海馬(記憶)、扁桃体(感情)、前頭前皮質(判断)、基底核と小脳(運動の調整)です。THCを含む多くのカンナビノイドがまず結合するのがこの受容体で、記憶・感情・時間の感じ方・痛みの調整に関わるとされています。
研究者が繰り返し指摘する特徴がひとつあります。呼吸や心拍をつかさどる延髄(脳幹の一部)には、CB1受容体がほとんど存在しないという点です。
なぜこれが重要なのか。オピオイド(モルヒネなど)の受容体は延髄にも豊富にあり、過量摂取で呼吸が止まるのはそのためです。CB1受容体はそこにない。この分布の違いが、カンナビノイド受容体とオピオイド受容体の性質を分ける決定的な要素として、薬理学の教科書に記されています。
CB2受容体は脳よりも、免疫細胞、脾臓、消化管、末梢の組織に多く見つかります。マクロファージやB細胞といった免疫の担い手に発現していて、炎症に関わる信号物質(サイトカイン)の調整に関与する可能性が、動物モデルで示されています。
CB1と違い、CB2の活性化は精神活性、つまり「感じ方の変化」を生まないとされています。このためCB2だけを狙う研究は、精神作用を伴わずにカンナビノイド系を調べる手段として注目されてきました。ただし動物実験の結果がそのまま人体に当てはまるわけではなく、ヒトを対象とした研究はまだ限られています。
ここが内因性カンナビノイド系の最も独特な性質です。
通常の神経伝達は一方通行です。前の神経細胞が神経伝達物質を放出し、後ろの細胞が受け取る。前から後ろへ。ところが内因性カンナビノイドは、後ろの細胞で作られ、前の細胞に向かって放出されます。後ろから前へ。これを逆行性伝達と呼びます。
何のためにそうなっているのか。後ろの細胞が「今、信号を受けすぎている」と判断したとき、前の細胞に向けて「少し抑えてほしい」と伝える。つまり内因性カンナビノイドは、神経の興奮を必要に応じて絞る、ブレーキ側の調整役として働いていると考えられています。必要なときに、必要な場所で、必要な量だけ作られて、すぐ分解される。備蓄されず、その場で合成されるという点も、他の多くの神経伝達物質と異なります。
体が作る主要なカンナビノイドは二つです。役割と量が違います。
アナンダミド(AEA)はCB1受容体に対する「部分作動薬」です。鍵穴に合うものの、スイッチを全開にはしない。一方の2-AG(2-アラキドノイルグリセロール)はCB1・CB2の両方に対する「完全作動薬」で、脳内の濃度はアナンダミドの数百倍とされています。量で見れば主役は2-AGで、アナンダミドはより繊細な調整役という理解が一般的です。
どちらも、役目を終えるとすぐ酵素で分解されます。アナンダミドを分解するのはFAAH(脂肪酸アミド加水分解酵素)という酵素で、この酵素の働きが生まれつき弱い人は、血中のアナンダミドが高く、不安を感じにくい傾向があるという観察結果が複数の研究で報告されています。分解の速さが、体内のカンナビノイド濃度を決めているということです。
長距離走の後の多幸感「ランナーズハイ」も、長年エンドルフィンで説明されてきましたが、エンドルフィンは血液脳関門を通りにくいという問題があります。2015年のマウス実験では、カンナビノイド受容体を塞ぐと運動後の不安軽減が消えたことから、血液脳関門を通れるアナンダミドが主因である可能性が示されました。マウスの結果をそのまま人に当てはめることはできませんが、体が自分で作るカンナビノイドが日常の中で働いている一例として、よく引かれる研究です。
ここまでの内容は、受容体の分布、分子の同定、伝達の方向といった、再現性の高い基礎研究で確認されている事柄です。
一方で、内因性カンナビノイド系を「恒常性(体の状態を一定に保つ仕組み)の調整システム」と位置づける見方については、食欲・免疫・痛み・睡眠など幅広い領域との関連が研究されているものの、「関連が示されている」ことと「因果関係が証明されている」ことは別です。特定の受容体を活性化すると特定の効果が出る、という因果は、多くの領域でまだ確定していません。この記録も、そうした効果を主張するものではありません。
メシュラムは晩年、人体にカンナビノイド受容体が存在するという発見を「神経科学における最も重要な発見のひとつ」と述べています。それは、植物の分子を理解しようとして、結果的に人体の未知の回路を見つけたという、発見の順序そのものへの評価でもあります。
当店の成分分析書には、リキッドに含まれるカンナビノイドの種類と量が一行ずつ記載されています。あの表は、ここで説明した「鍵」の一覧です。どの鍵がどの鍵穴に合うかは分子ごとに異なり、それが成分ごとの性格の違いになります。分析書の読み方は別の記録にまとめています。
もうひとつ。植物には、カンナビノイドだけでなくテルペンやフラボノイドも含まれていて、これらが組み合わさると単一成分とは異なる働きになるという考え方(アントラージュ効果)があります。当店のリキッドがテルペンを3種から選べる設計にしているのは、この考え方に基づいています。詳しくは「鍵と鍵穴」の記録へ。
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