リキッドを買うときも、ハーブを買うときも、香りを選ぶ欄がある。Trainwreck、Gushers、Kremlin。三つとも実在する品種の名前で、当店ではその香りを再現したものを使っている。なぜこの三つなのか、そもそもこいつらが何者なのか、という話をしたい。
植物が香りを作るための成分のことで、大麻の専売特許ではない。松林に入ったときに鼻に来るのはα-ピネンで、レモンの皮を折ったときに飛ぶのはリモネン、ラベンダーがラベンダーの匂いをしているのはリナロールが入っているからで、黒胡椒とクローブの刺すような匂いはβ-カリオフィレン、ビールの奥にある苦い香りはフムレンが担っている。どれもそのへんにある植物の匂いで、そしてどれも、大麻の中にも入っている。
つまり「大麻の香り」と呼ばれているものの正体は、松と柑橘と胡椒とハーブが混ざったものにすぎない。品種によって匂いがまるで違うのは、この配合比が違うだけの話で、同じ植物なのに片方が森の匂いになり、もう片方がキャンディの匂いになる。
主成分そのものには、ほとんど香りがない。だから香りは後から設計することになる。当店の Trainwreck / Gushers / Kremlin は、いわば香りの設計図につけられた名前で、元になった品種の匂いを再現したものだと思ってもらえばいい。
1970年代後半 | カリフォルニア州フンボルト郡アーケータ
霧の多い海岸沿いの町で生まれた品種で、メキシコ産のサティバとタイ産のサティバに、アフガニ産のインディカを掛け合わせた三大陸のハイブリッドだった。地元では長いあいだ E-32 というクローン番号でしか呼ばれておらず、名前すらなかった時期がある。
その名前の由来には説がいくつもあって、近くで貨物列車が脱線したせいで緊急車両が来る前に慌てて畑を刈って逃げた者がいたという話もあれば、廃線になった材木鉄道の線路脇が最初の畑だったという話もあり、単に効き方が列車事故のようだったからだという話もある。どれが本当なのかは、今も分かっていない。
クローンが手渡しで回っていた時代の産物で、記録が残るより先に噂のほうが走っていったから、素性が曖昧なまま五十年生き延びてしまった。
香りの中心はテルピノレンで、そこにα-ピネンとミルセンが重なる。松ヤニとレモンの皮が先に立ち上がって、後から土とスパイスの深みが追いかけてくる。森林浴のような清涼感。迷ったらこれ。
PINE / LEMON / SPICE
2010年代後半 | カリフォルニア | Gelato #41 × Triangle Kush
Trainwreck とは何もかもが逆で、誰が作ったのかも、いつ生まれたのかも、何を掛けたのかも、全部わかっている。カリフォルニアの Cookies Fam Genetics が手がけたもので、デザート系と呼ばれる甘い香りの品種が次々と出ていた時代の、ちょうど真ん中から現れた。
片親の Gelato #41 は Sunset Sherbet と Thin Mint GSC の血を引いていて、クリームのような甘さと、びっしり乗る樹脂を持ち込んでくる。もう片方の Triangle Kush はフロリダのOG系で、ジャクソンビル、タンパ、マイアミを結ぶ三角形にちなんだ名前を持ち、こちらは燃料のような重さとスパイスを足す。甘い側と重い側、まるで性格の違う二本をわざとぶつけたわけで、その落差そのものがこの品種の狙いだった。
名前はアメリカの駄菓子から取られている。噛むと中から果汁が飛び出してくる、あのキャンディのことだ。
香りはβ-カリオフィレンが引っ張り、その後ろをリモネンとミルセンが追う。トロピカルフルーツとベリーの甘さに、クリーミーなクッキー感。口に入れた瞬間にキャンディが弾ける、デザート系の華やかさ。
TROPICAL / BERRY / CREAMY
出自不明 | 交配内容は非公開
三つのなかで、この一本だけが飛び抜けて情報がない。
Kremlin という名を持つ系統はいくつも存在していて、しかもそれぞれ由来が食い違っている。OG Kush と White Russian を掛けたものだという説があり、Headband や Skywalker が入っているとされる Kremlin OG があり、そもそも交配内容を一切公開していない育種元もある。どれが本家なのか、外から眺めているぶんには判断のしようがない。
模倣を防ぐために交配を伏せる育種家は珍しくないから、血統ではなく出てきたものの質だけで評価されることを選んだ品種、という言い方もできる。
ただ、奇妙なことがひとつある。系統がこれだけばらばらなのに、香りの記述だけはどれもよく似ているのだ。土と木の匂いが先に来て、砕いた黒胡椒が続き、そのあとにかすかな柑橘の皮が顔を出す。杉の箱、あるいは挽きたての材木にたとえられることが多く、β-カリオフィレンとフムレンとミルセンが中心にいる。
スパイシーな土の香りにベリーの甘みが溶け込む、宮殿のような奥行き。夜にゆっくり付き合いたい一本。
EARTHY / SPICE / BERRY
初めてなら Trainwreck。松とレモンで素直に分かりやすく、当店でいちばん選ばれている。
甘いものが好きなら Gushers。果実と菓子の方向で、香りだけで華やかさがある。
夜に静かに、なら Kremlin。土と木と胡椒で、沈んでいく方向。
香りの好みは体調でも変わるから、何本か持っておいて使い分ける人もいる。
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